kunji5522’s diary

原田君事の俳優になったきっかけから俳優業18年の思い出

映画『八甲田山』のふんどし男75

f:id:kunji5522:20180131153301g:plain

<自己紹介>

2017年12月、パブ-電子書籍から、”映画『八甲田山』のふんどし男75”を出版をしましたが、どんな奴が書いたのか?どんな男なのか?どんな爺さんなのか?を一人でも多くの人に興味を持って貰う為にブログを始めました。私の名前は原田君事。殆どの人が知らないこの名前ですがこれを機会に覚えてやって下さい。馬鹿を承知で馬鹿な生き方をしてきた75歳の爺さんのたわごとですが暇つぶしにでも読んでやって下さい。それでは 先ずは、生い立ちから書いていきます。昭和17年8月8日に神戸市の兵庫区で、男4人兄弟の長男として、生まれました。3歳の時に終戦を迎え、世の中は大変だったようですが何も覚えていません。只、親父さんが、浪曲好きで家には蓄音機と二代目広沢虎造さんを始め沢山のレコ-ドがあり、物心が付いた時から、よく聞いていたことは思い出として今も脳裏に残っています。その影響が強かったんでしょう、小学校3年生の時だったと思いますが、担任の先生がひとりひとりに「大きくなったらどんな人になりたいか」と質問をした時、私は「森の石松の様な男になりたい」と答えました。先生は驚いて「森の石松のどこがいいんだ」と言ったんで、「都鳥一家のだまし討ちにあい、閻魔堂から出て行けば斬られて死ぬ事が判っていても出て行って斬られて死ぬ、馬鹿は馬鹿でも粋な馬鹿になりたい」と言ったら先生が家庭訪問で家に来て、「お宅は、家でどういう教育をしているですか?」と叱られたらしいが、それが75年生きてきた我が人生の座右の銘です。