丹波哲郎VS松田優作、映画『ひとごろし』
山本周五郎の原作で武芸はまるでダメで臆病な侍による上意討ちの話しです。
一流の剣の使い手で武芸の指南役として藩に抱えられた仁藤昂軒は藩内での評判が良くないため酒に酔ったところを襲撃されますが、逆に返り討ちにします。
丹波さん演じる仁藤昂軒の存在を疎ましく思う一派が昂軒の闇討ちを図るという展開なんですが、私の役は昂軒を襲うも反対に返り討ちに遭ってしまう本間という若侍です。
この仕事の前々日、神戸の家からの電話で「親父が入院した」という連絡を受けて、翌日の朝、神戸に帰りました。
親父さんの顔を見ると、そんなに悪いようには見えなかったんですが、院長が病室に来て
「長男の方ですか?」
「はい、そうですが」
「実はお父さんは胃がんの末期です」
「えっ・・・あと、どれくらい持ちますか?」
「身体が衰弱しているので、今は何とも言えません」
親父さんを元気付けようと思い、お袋が傍にいましたが、馬鹿話をして笑わせ、病室の外へ出てお袋に、医者から聞いたことを話しました。
「明日は撮影があるので、これから京都の旅館へ行くから」
親父さんは「あいつは仕事をしているんだから連絡をするな」と言ったらしいんですが、こんな親不幸者の私でもやっぱり人の子。
その夜は余り眠れませんでした。
翌日の撮影は台本のシ-ン13です。
シーン13 濃い霧の中
待ち伏せる本間、坂口、岸村、もう二人。決闘支度。
包囲の体形。
静寂。
顔、顔、顔。
手許。刀を握りしめている。
足音。
泥酔の昂軒がくる。
本間たち、草履を脱ぎ捨てる。
ジリッと詰め寄る。昂軒、よろける。
顔を起こす。
本間たち恐怖の反射のように抜刀。
声。 「待て!やめろ!斬ってはならんぞ!
駆けつける加納。
逆に火がついたように――
閃く。
絶叫して斬りかかる本間たち。
昂軒、抜刀。
本間を斬る。
「言い難いのですが、丹波プロダクションの方から電話があって、早朝、お父さまが亡くなられたそうです」
闇討ちシ-ンの撮影前にテストをしているときです。
覚悟はできていましたが、あまりにも急なことで、涙が溢れてきました。
泣いている私に独自の死生観を持っている丹波さんは「原田、人間死ぬということは、決して悲しいことじゃないんだよ」と慰めてくださいましたが、
「人のことだからって、よく言うよ」内心思いながら聞いていました。
「原田さん押しで撮りますから、もう少しガマンしてください」と申し訳なさそうに大洲監督さん言われ、いくら大根役者の私でも、そこは役者の端くれです。涙をぬぐって中断したテストを終わらせ本番も最後までやり遂げてから新幹線に乗って神戸の実家へ帰りました。
兄弟、親戚がみんな集まって私の帰りを待ってくれていました。
翌日、妊娠7ヵ月になる大きな腹をした女房殿も東京から駆けつけてくれました。
極道亭主には過ぎた女房です。
葬式を済ませてから残りの撮影を終わらせるため京都へもどりました。
何か一人前の役者になったような気分でした。